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365日のJournal

  

樹木

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February, 2022

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旧桧原村郵便局

 

 東京都の西南端、秋川源流の集水域に檜原村はあります。諸島部を除けば都内で唯一の村。人工林と天然林が美しいタペストリーを織りなす、水と緑の村です。

 数年前、この村でエコツーリズムのガイドを養成するということになり、月に何度か村へ行き、若い人たちのために講座を持ちました。もう僕が教えることが何もないようなプロもいましたし、ただもう村のおじいちゃん、おばあちゃんが好きで、都会の人を招いてコンニャク作りでも、芋ほりでもなんでもやれればいいという人もいました。そのほとんどが村外から移住してきた人でした。

 こういう場合一番よくないのは、この村の良さを見つめようとせず、ここにないものを強引に持って来ようとする考えです。幸いにもそういう人はいませんでした。

 僕たちは村の魅力的な場所を一つずつ訪れ、そこでどんなガイドができるかワークショップしていきました。時々は参加者にもガイドのデモンストレーションをしてもらい、みんなで感想を述べあいます。

 村で最も有名な観光スポットである「払沢の滝」の滝の入口に、旧桧原村郵便局の建物が移築され、土産物屋になっています。飾りのない昭和の木造建築の前でデモンストレーションしてくれたのは、参加者中唯一の村出身の青年でした。

 彼はそこにある大きなイタヤカエデの前に立ち、その幹に傷を付け、しみ出す樹液を集め、煮詰めてメイプルシロップを作る話をしてくれました。ガイド講座的には技術的な問題がいくつかありましたが、その話の飾りの無さが、欲のない実直な生き方と重なり、それがまた透明な樹液が少しずつ集められ、淡い琥珀色のメイプルシロップになっていく時間にも重なり、僕はすっかり魅了されてしまったのです。

 こういう講座を頼まれて、あちこち行くことはあるのですが、こんな風に、風景を体現するような、代弁するような人と出会うことがしばしばあり、心が洗われる気持ちになるのです。振り返ると飾りない旧郵便局が、優しい木々に包まれて、堂々と前を向いておりました。

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nature

February, 2022

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春はいつ始まるの?

 

 2月も終わる頃になれば、もう冬の寒さにも嫌気がさし、どこかに春の兆しがないかと、あちこち探しているのです。凍り付いた田んぼにアカガエルたちがやってきて、くるるる、くるるると鳴きあいます。ヘビなどの天敵が目を覚ます前に、卵を産んでおくためです。

 雑木林で最初に咲くのはウグイスカグラ。2mほどになる小高木に小さなピンクの花が咲きます。早いものは12月のうちから咲きますから、これは冬の花か春なのか、季節をまたぐ花なのでしょう。

 遠目に丘陵が見える丘に立ち、雑木林の木々を見ます。枝先がわずかに赤身を帯びたように見えるのは、僕の希望が入っているのでしょうか?堅く閉じた冬芽が、少しでも膨らめば、森に赤身が差すはずです。

 ある午後、森に斜めに光が入り、木々の梢が輝きました。まるで雪が降ったかのように、白く輝いて見えました。冬芽や細い枝先の産毛に、光が反射したのでしょうか? 春を迎える木々の力が輝くような光景です。もう何十年も、いつも自然を見つめている僕も、初めて見るものでした。写真にちゃんと写っていましたから、僕の希望が幻覚になったのではないようです。

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April, 2022

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檜原村

 

 諸島部を除けば、東京でただ一つの村である檜原村は、僕の大切なフィールドの一つです。
 地元NPO主催の「きのこを学んで、美味しく食べる会」は、もう四半世紀もやっています。東京都のレンジャーとして管轄していたこともありますし、仲間といろいろなイベントや研修もやりました。

 一昨年はエコツーリズムガイドを養成したいということで、インタープリテーションやイベントの基本的なことを、若い人たちに教えました。こんな身近なところに、こんな奥深い自然があって、本当によかったと思います。

 4月、芽吹きから新緑へ変わる檜原村は、格別の美しさを見せてくれます。天然林の中の、樹種のバリエーションが豊富なように思います。それだけ淡い芽吹きの色に幅があるのです。杉や檜の人工林の比率が高く、ぐっと大きな面で、黒が入ってくるのも小気味よいのです。

 この日も雨の中、半日かけてあちこちを見て回りました。こんな大きなダンコウバイがあったのか? この白い花はなんだろう? 遠目に見て引き寄せられ、近寄ってもまたおもしろく美しい、樹木の博覧会を堪能したのです。

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December, 2021

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冬色のゆたかさ

 

 冬の雑木林を歩いていて、何もなくて寂しいと思うことはありません。落ち葉の上をサクサクと歩く音だけでも楽しくて、これを子供たちにやらせてあげたいとか、音や匂いで木の種類が分からないか? とか、いろいろ思いは広がるのです。
 枯草や、葉を落とした木々の形は潔く、生きる形の原型のようで、思わず見入ってしまいます。持ち帰れるものは持ち帰り、壁にかけてみたりもします。

 林に斜めに入る午後の光の中、カマツカの散り残った黄葉がありました。淡く緑が残る葉もあり、赤味がにじむ葉もあって、その向こうに冬色の、紫とグレーの陰影がありました。

 新緑や紅葉の素晴らしさ、強さを、人はいつも誉めたたえてきましたが、淡く織りなす冬色の豊かさにも、気づく時代が来るでしょう。

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